6月29日、霧島市の国分運動公園陸上競技場で
第32回全日本少年サッカー大会・鹿児島県予選大会の決勝がありました。
試合は鹿児島市の川上サッカースポーツ少年団が4-0で勝利!
川上は2年連続の決勝進出で、昨年は準優勝に終わったことから
2年がかりの優勝、という結果になりました。ちなみに2年ぶり5回目の全国大会に
なります。

さてスポーツ中継には、中継車が欠かせません。
この日も会場にはKTSのマークが入った大型中継車が持ち込まれ、
撮影とVTR収録が行なわれました。
この中継車は8台のカメラをコントロールすることができるほか、
文字スーパーを入れる機能もあります。

KTSとしてはこの大型中継車は二代目で、導入依頼、スポーツ中継はもちろんのこと、
「KTSの日」や「27時間テレビ」などさまざまな現場に出動しました。
私は1994年4月から1998年3月まで
「めざましテレビ」のリポーターをしていましたが、
北は大口から南は与論まで、この車とともにまわったものです。
しかし老朽化は否めず最近は機器のトラブルも頻発していました。
なにより3年後に地上デジタル完全移行を迎え、
アナログTVにしか対応していないこの車は、いずれその役目を終える運命にありました。
その、二代目大型中継車の最後の仕事が、この「少年サッカー」決勝戦の
中継録画だったのです。
私としても「少年サッカー」の実況をするのは6年ぶりで
細かい反省点は多々あるのですが、久々の実況がこの中継車の最後の出番ということで
なにか感慨深いものがありました。
8月には、ハイビジョン対応の新しい大型中継車が稼動します。
時代は確実に、デジタルへと向かっています。
でもわが家のテレビは、いまだにアナログで、
デジタル放送が見られるのは私のケータイしかありません。いやはや…。
よそのテレビ局の話だが、どうしても書き残しておきたいことがあるので
一筆、書かせていただくとしよう。
6月19日のKYT「ズームイン!SUPER」を見ていたら
今年の24時間テレビ「愛は地球を救う」のマラソンランナーが
今をときめくエド・はるみさんに決まったようだ。
まぁあの人はけっこうジョギングで走り込んでいるようなので、
年齢の割にはまともに走れると思うが、それはさておき…
1993年まで「愛は地球を救う」はKTSで放送していたのを
皆さんご記憶だろうか?
小生、入社した1990年から1993年まで4年にわたり、この番組を担当した。
鹿児島市与次郎にある「国際ボウル」からの「24時間チャリティボウリング」だ。
掛布雅之さん、染之助・染太郎師匠など、いろんなゲストをお迎えした。
書き残しておきたいのはすっかりおなじみになった「サライ」の歌についてだ。
この曲は1992年の番組で生まれた。
この年は番組名が「愛の歌声は地球を救う」で、番組内で視聴者から歌詞を応募し、
それを谷村新司さんがまとめ、加山雄三さんが曲をつけて、グランドフィナーレで
全国リレー中継しながら歌うという演出だった。
番組も佳境にさしかかった日曜日の夕方。
日本武道館ではグランドフィナーレを前に、
堺正章さんによる「サライ」の歌唱指導が行なわれ、その様子が中継されていた。
ところが当時のKTSはフジテレビとのクロスネットだったので、
その時間帯は別な番組が放送されていた。
だが実は、日本テレビから歌詞のファックスは届いていたし、
なにより歌唱指導の音声だけは、電話回線で国際ボウルにも来ていたのだ。
何度も何度も練習しているので、横で聞いていた小生は
すっかりメロディを覚えてしまっていた。
さてエンディングのリレー中継、KTSはなんと! サビのいちばんおいしい部分で
まわってくることが判明した。そう、何度もリフレインされる、あのくだりだ。
小生が悔やんでいるのは、何であの時、現場にいたボウリングの出場者に
歌詞とメロディを教えてあげなかったんだろう、ということ。
出場者のみなさんは「サライ」の歌を全然知らないわけだから、
エンディングの中継も、曲にあわせてただ体を左右に揺らすだけ。
なんだか間抜けだったよなぁ~。
あの時、日テレから送ってきた歌詞のファックスは、
だいぶ色あせてしまったが、今でも持っている。
そしてあの黄色いTシャツは処分してしまったが、
帽子は今でも持っている。
24時間テレビの季節が近づくたびに、「サライ」のほろ苦い記憶が呼び起こされる。
このところ梅雨本番のようで雨が続いています。
おかげでスポーツニュースの取材が予定通り進まず、変更しまくりです。
以前ある局のスポーツアナウンサーが言っていました。
「俺たちゃ『水商売』だからな」と。
さて雨とは全然関係ないのですが
この前、車の中でラジオを聞いていたら、
兵庫県北部、鳥取県に近い「香美町」というところにある道の駅の駅長さんが
「ばんなりまして」という地元の方言について話していました。
「こんばんは」とか「おつかれさま」という意味だそうです。
鹿児島弁でいう「おやっとさぁ」に近いニュアンスなのでしょうか。
20年ほど前ですが、大学の先輩に島根県の人がいて
「こんにちは」と「こんばんは」の間の時間帯に
「ばんになりました」と挨拶すると聞いたことがあります。
確かに、「こんばんは」と言うにはまだ明るく、「こんにちは」と言うにはもう遅いという
微妙な時間帯があります。
ちなみにKTSではこの微妙な時間帯に「KTSスーパーニュース」を放送しています。
ローカルニュース冒頭の挨拶は、その日の鹿児島市の日の入り時刻で使い分けています。
つまり日の入りが18時16分以前なら「こんばんは」、それ以降なら「こんにちは」というわけです。
もっともこれは、言ってみれば「ローカルルール」にすぎません。
さて「ばんになりました」ですが
当時はもちろんこんな言葉を聞いたこともなかったので
ネタなんじゃないか? とさえ思いましたが、
このラジオを聞いて、鳥取の近くで「ばんなりまして」と言うのなら
島根で「ばんになりました」と言っても不思議はないなと、妙に納得しました。
ネットで複数の方言辞典を調べてみると、
「ばんなりまして」は総じて、鳥取方面で使われているようで、意味は「こんばんは」。
同じ意味でも兵庫県北部(但馬地方)では「ばんげになりました」「ばんなりました」。
これに対し出雲地方では「夕方になりましたね」の意味で
「ばんじましてね」を使うとあります。
なるほど出雲をはじめ島根では「こんにちは」と「こんばんは」の間、
つまり夕方用の挨拶の言葉があるようです。
それが「ばんじましてね」だったり、地域によっては「ばんになりました」だったりするのでしょう。
ちなみに鳥取のある蔵元では「ばんなりました」という純米酒を作っているそうです。
そういえば「おやっとさぁ」っていうのもありますね。
どちらも、一日終わってほっと一息ついた時の、挨拶なのですね。
みなさんにとって永遠のヒーローは誰でしょうか?
私の年代だと誰がなんと言おうと「ウルトラマン」でしょう。
もちろん平成のそれではなく、昭和のです。
この前家族で熊本県荒尾市の「ウルトラマンランド」に行ったのですが
アトラクションはさておき面白かったのはレストランでした。
従業員の制服は、科学特捜隊員の、あのオレンジの服そのまま。
(写真をとるのを忘れてしまった!)
小生がオーダーした「バルタン星人ピラフ」。左右のはさみはコロッケです。

カレーはウルトラマンの顔型。目は卵!

何よりおかしかったのは、店内いたるところにある、このイラスト!
写真はテーブルに描かれたもの。その他、壁や、割り箸袋、おしぼり袋、
食器類にも描かれています。円谷プロもやるもんです。

3年前、東京勤務のとき、ウルトラマン誕生40周年記念の特別展を見に行ったことがあります。
ウルトラマンといえば「スペシウム光線」ですが、今ならCGで簡単に作れるのでしょうが、当時はまず、光線の下絵を鉛筆で(!)手描きし、それを光学的に着色して、一こまずつ合成していったそうです。わずか数秒の光線を作るのに、5日間ぐらいかかったとか。
特撮といえども全てが手作りだったのですね。
ウルトラシリーズは某石油会社のCMキャラにもなっています。
彼女と携帯で写真を撮ったり、レジで財布を忘れたり、三の線の演技も目につくのですが、40年来のファンとしては、やはりヒーローはかっこよくあってほしい、と思います。
それではこの辺で。シュワッチ!

バドミントンの「オグ・シオ」が北京五輪に出るのはご存知ですよね。
ではもう一組、バドミントン女子ダブルスで日本から北京に出るのをご存知でしょうか。
それが「末綱聡子・前田美順」ペアなのです。
ペアのうち、前田美順(みゆき)選手は屋久島生まれ、国分育ちの22歳。
熊本中央高校を卒業後、同じ熊本のNECセミコンダクターズ九州・山口(NEC SKY)に入社し、先輩の末綱聡子選手とダブルスを組んで4年目です。
昨年から国際試合で続けざまに上位進出し、世界ランキング16位以内をキープ、みごと五輪代表の座を射止めました。
さて合宿や海外遠征で超多忙な末綱・前田ペアがこのほど、久々に国内の大会に出場!
そこで我々取材班は早速、岡山・倉敷に飛びました。
もうおわかりですね(なんという前置きの長さ!)。
前回のブログに書いた「倉敷行き」は、この取材だったのです。
この大会は「日韓競技大会」といって、日本と韓国で、毎年交互に開催されています。
会場のJFEスチール体育館は1000人あまりのファンで埋まりました。

お目当てはもちろん「オグ・シオ」でしょう。
残念ながら小椋選手は腰痛の治療で欠場。でも潮田選手の周りにはいつも
たくさんのファンと報道陣!(写真は潮田選手に集まるファン)

逆に前田選手は「誰それ?」って感じで気の毒でした。
世界ランキングは1つしか違わないのに!(注・5月1日現在で)
この日は末綱選手が体調不良で欠場したため日体大の内藤真実選手とペアを組んだ内藤選手。
試合のほうは韓国の五輪代表、金・河ペアに2-1で惜敗してしまいました。
この試合、第1ゲームを奪いながら第2ゲームは序盤のミスで自滅、
第3ゲームは18-18の同点に追いつきながら落としてしまった前田選手。
日本協会の銭谷欽治団長は「後半、前田選手は攻撃が消極的になってしまっていた。
まだ経験が浅いのだから思い切って攻めて欲しい」と話していました。
実は倉敷取材の直前、霧島市の実家で、母親の弘子さんがこう話していました。
弘子さんは昔バドミントンをやっていて、前田選手はその練習場に連れられてバドミントンを始めたのですが…
「相手に圧倒されて引きぎみに試合をすることがある。それを見ていると、見ているほうがいらいらするので、当たって砕けろではないが、そんな試合をしてほしい」と。
親御さんはよく見ていますね。この日の試合がまさに「引きぎみの試合」だったのかなと思いました。
ともかく、鹿児島で生まれ育った、前田選手。鹿児島県出身のバドミントン五輪代表第一号です。体調管理に気をつけて、精一杯、北京で戦ってほしいものです。

