偉業の陰に名コーチ

2008年04月21日

水泳の日本選手権、注目の鹿屋体育大・柴田亜衣選手は800m自由形で北京五輪出場を決め、400mの雪辱を果たしました。

本人の精神力もさることながら、400mレース後の監督のアドバイスに勝利へのヒントがあったのです。

鹿屋体育大・田中孝夫監督は400mで派遣標準記録を出せなかった柴田選手に、フォームのバランスの修正をアドバイスしました。
ポイントは、息継ぎです。
2つのレースをよく見ると分かるのですが、400mでは、左右に顔を上げて息つぎしていました。
腕を3回かくごとに、右、左というペースです。

左に顔を上げたときバランスが崩れているというのが田中監督のアドバイス。(どこが崩れているのかは取材不足でよく分かりません。スミマセン。)
そこで800mでは、主として右側だけに顔を上げて息つぎしていました。
この場合は腕を4回かくごとに右に顔を上げて息を吸うというリズムになります。

これにより柴田選手は、レース後半から先頭に立ち、最後は2位以下を大きく引き離して優勝したのです。

柴田選手の勝利を見て、ある名マラソン選手のことが頭をよぎりました。

Qちゃんこと、高橋尚子選手です。

名古屋国際マラソンでの惨敗で、ウエイトコントロールの失敗とかいろいろ言われていますが、やはり不調のとき、かつての小出監督のようなアドバイザーが近くにいなかったことが、最大の敗因なのでは? と思ったのです。

Qちゃんも柴田選手も、精神的にタフだし、実力だって申し分ないアスリートです。
メディアの取材にも、2人とも実に誠実に応対してくれます。

それだけに、適切なアドバイスを与えるコーチの有無が、いまの二人の明暗を分けているように思えてならないのです。

柴田選手も五輪までいろいろ言われると思いますし、万一本番で結果が伴わなければ、辛辣な報道をされるかもしれません。

もちろん我々マスコミは、事実は事実としてちゃんと伝えますが、田中監督をはじめコーチングスタッフの助言があれば、少々の困難は克服できると信じたいものです。


鹿児島市議選 ハプニング3題!?

2008年04月15日

なにやら穏やかでないタイトルですが、選挙そのものにトラブルがあったわけではありません。
4月13日の鹿児島市議会議員選挙、小生は開票所の鴨池ドームから中継を担当しました。
記憶をたどると、4年前の市議選のときは、報道部所属で鹿児島市役所担当記者だったので、開票特番のスタジオ解説をしていました。それ以外はなぜか開票所中継を担当することが多く、最初に担当したのは1992年の市議選。当時は中央公民館が開票所でした。

【 ハプニングその1 音がズレて… 】
午後8時55分からの「KTSニュース(FNN)」、いつもはフジテレビの「FNNレインボー発」をそのまま放送していますが、この日は全編鴨池ドームから中継。
「こんばんは! 鹿児島市の鴨池ドームです」と切り出したところまではよかったのですが
「鹿児島市議会議員・・・」まで喋ったところで言葉に詰まってしまいました。イヤホンから自分の声が、遅れて聞こえてくるので、頭が混乱してしまったのです。
中継のときは耳にイヤホンを入れていて、オンエアーの音声が聞こえているのですが、
今は信号をデジタル処理している関係上、アナログ放送であっても、コンマ何秒かのズレが生じます。ちょっと遅れて聞こえる自分の音声を聞きながら喋ってごらんなさい。こんなに喋りにくいものはありません。あわててイヤホンを外す姿が、画面にしっかり映ってしまいました…。

【 ハプニングその2 電源が! 】
開票所の片隅には記者席といって、新聞・放送各社の取材席があります。投票率や、30分ごとの開票状況は、データをプリントアウトしたA4の紙が配布されます。各社、電話やファックスを持参して、選管からの開票経過などを本社に電送します。
午後9時40分ごろ、投票率が発表されたのですが、どういうわけかファックスが動きません。よく見ると電源が落ちている!両隣のNHK、南日本新聞社もファックスの電源が入りません。さあ大変!ブレーカーが落ちたのか?と現場は騒然。
実は記者席用に、臨時の電源が引いてあるのですが、席の後ろにある配電盤を見ると…
プラグが抜けてました。おそらく中継の準備やらで各局忙しく動く中、誰かがコードを踏んで、プラグが抜けてしまったに違いない。
コンセントに差し込みなおすと、各社のファックスは何事もなかったように動き出したのでした。ヤレヤレ。

【 ハプニングその3 】
深夜の開票速報、ニュースのときと違い、資料の束を脇にかかえてリポートしています。
実はニュースのあと、上着の第1ボタンが取れてしまって、それを隠すためなのです。困ったもんだ(苦笑)。

五輪への切符 着々と

2008年04月07日

鹿児島から新たな五輪代表が誕生しようとしています。

バドミントン・女子ダブルスの前田 美順(まえだ・みゆき)選手。

バドミントンといえば、オグ・シオを誰もが連想する中、彼女とチームメイトの末綱聡子選手のペアも世界ランク10位なのです(オグ・シオは6位)。

ちょっと分かりにくいのですが、前田・末綱ペアが4月1日~6日に開かれたインド・オープンで準優勝しました。これにより、五輪選考の基準となる5月1日発表の世界ランキングでも、彼女らが16位以内に入ることが確定したのです。五輪代表枠は16で、1つの国・地域からは2チーム出場できることから、オグ・シオと前田・末綱ペアの五輪出場がほぼ決まった、ということになるのです。

前田選手は中学卒業までを鹿児島で過ごしました。中学時代、彼女が所属していたクラブチームの関係者によれば、当時から体が大きかった上、積極性もあって、あれよあれよという間に強くなったのだとか。

ともすればオグ・シオばかりに関心が集中しがちな女子バドミントンですが、鹿児島からも代表選手が出ました。みんなで応援したいですね。

オリンピックに鹿児島から誰が出場するかという情報は、1~2年前から丹念に収集していきます。ただ悔しいことに、こうした情報は新聞社のほうがたくさん持っていて、先に新聞が報じて、我々が気付く、というケースがままあります。
KTSでも「スーパースポーツ」などで長期にわたり、次の五輪出場が有力視される選手の取材をしたりしますが、結局その選手が代表からもれてしまうこともよくあります。
そんな中、アテネ五輪・女子800m自由形金メダリストの柴田亜衣選手の快挙は今でも忘れられません。
手前味噌ですが、五輪の1年以上前、鹿児島のTV局で彼女を初めて映像つきで紹介したのはKTSです。スペインでの世界選手権代表になったというので取材に行ったのですが、結局その時は予選落ちし、やっぱりダメかと思っていました。
しかし翌年の日本選手権で代表の座を掴み、同じ種目では誰もが山田沙知子選手にメダルを期待する中、当時ほぼ無名だった柴田選手は、最も得意な800m(本当は1500mのほうが得意なのだが五輪にはない)で金メダルを取ってしまった(当時の感覚としてはまさにそんな感じだった)のです。
1つだけ悔しかったのは、彼女が金メダルを取った日の夜、桜島で長渕剛さんのライブがあって、私はそちらの取材にまわっていたので彼女の快挙をリアルタイムで知ることができなかったことです。柴田選手も今度は追われる立場ですから、北京五輪に出たとしてもプレッシャーは相当なものでしょう。しかし彼女は周りの騒音に左右されるタイプではないので、案外やってくれそうな気もします。

五輪代表選考にはいつもいろんな議論がつきまといますが、選ばれた以上はベストのコンディションで戦ってほしいですし、我々マスコミも一生懸命応援し、条件の許す範囲で可能な限りお伝えしていきたいと思っています。


鹿工 左のエース、ここにあり!

2008年04月01日

鹿児島工業のセンバツが終わりました。
平安との再試合翌日の3月31日、急いで鹿児島に帰りその日のスーパーニュースで総集編を作り終えたわれわれ取材班。
準々決勝で平安が埼玉・聖望学園に大差で敗れた試合を見つつ、大阪での宿泊費やタクシー代などの精算を終え(これがけっこうめんどくさい)、ようやくブログの更新にこぎつけたというわけです。

さて平安との再試合、1-0での敗退を「敗北」とみるべきか、「成長」とみるべきか。
誰がなんと言おうと後者でしょう。

確かに鹿工は、準々決勝には進めませんでした。
でも名門中の名門、平安に対し、トータル24イニング、ほぼ互角に戦ったこと、とりわけ再試合で、左腕のエース、石堂くんが素晴らしい投球をみせたことが何よりの収穫だと思うのです。

中迫監督は、右のエース、内村くんを中心としたチーム作りをしてきました。
監督は内村くんが中学生の頃から「木佐貫をほうふつさせる凄い投手がいる。育ててみたいがこういう子は鹿工には来てくれないんだろうな、よそに行くんだろうな」と思っていたそうです。

内村くんにも当然、色んな高校から誘いがあったと思いますが彼はきっぱりこう言いました。「ピンチのとき、選手と一緒に考え、戦ってくれる中迫監督に3年間ついて行きたくて、鹿工を選びました」と。
そして期待にたがわぬエースとして、甲子園のマウンドに立ったわけです。

石堂くんは種子島・中種子中出身。内村くんと二人並んでブルペンで投げるのを私も何度か見ましたが、変化球のキレ、ストレートの球威、いずれも内村くんと遜色ない、というのが正直な印象でした。ただ性格がおっとりしているところがあるそうで、中迫監督は「内村くんを押しのけてでも自分がエースに、との意識があまりない」という意味のことを話していました。

それが平安との再試合で、1点は失ったものの、奪三振4、被安打4(しかも5回以降はパーフェクト)。内村の代役どころか、左のエース、ここにありというピッチングを披露しました。

試合後の石堂くん、負けた悔しさに瞳はぬれていましたが「甲子園のマウンドはどうだった?」という私の問いに「よく整備されていてとても気持ちよく投げられました」と答えてくれました。

われわれも取材の過程で、ピッチャーはどうしても内村くん主体になりがちで、石堂くんのことを置き去りにしてしまったのではないかとの反省があります。

鹿児島工業に右の内村、左の石堂という二枚看板が誕生したことは紛れもない事実。引き分け再試合など数々のタフな経験もあいまって、鹿児島工業は、夏の甲子園にむけた代表争いでライバルチームより1歩も2歩も抜きん出たと思います。

とはいえ夏までの数か月でチーム力が大きく変わるのが高校生。鹿工を追う他のチームが切磋琢磨し、2008年の鹿児島の高校野球は例年に増して目が離せないのではないでしょうか。


タグ :鹿工甲子園

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古井千佳夫
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