KTSでは「笑っていいとも!」の前にある「FNNスピーク」の天気コーナーで「花粉情報」を放送しています。
そろそろ本格的にスギ花粉の発生するシーズンですね。
「花粉症の方は対策をなさってください」なんてコメントしていても小生、長い間花粉症とは無縁だと思っていました。
異変を感じたのは3年前、東京支社に転勤したときのこと。
ちょうどその年は「史上最大の花粉量」と言われていて銀座の雑踏を歩く人々の多くがマスクやゴーグルをしていました。
ビル内でもマスクの手放せない人もいて、大変だろうなと思ったものです。
忘れもしない、東京駅八重洲口近くの広告会社に向けて歩いていたある日のこと。
両眼がやけにカユイのです。プールで泳いでもこんなにかゆみを感じたことはなかったのに。
たまたまその直後、鹿児島に帰る用事があったのでKTSの近くの眼科に寄ったらすかさず
「花粉ですね」。
おっとついに来たか!?
さっそく目薬を処方された小生。
そうです、小生の場合、鼻はそれほどでもないのですが目にくるのであります。とにかくこの年はきつかった!
翌年は、それほど辛くなかったことから考えると、3年前の花粉量がいかに多かったかということを感じます。
話は飛びますが鹿児島地方気象台では、花が咲いた日や鳥の鳴き声が聞こえた日の「平年日」を設定しています。
ちなみにウグイス初鳴きの平年日は2月28日、ソメイヨシノ開花の平年日は3月26日です。
話は2008年2月28日に飛びます。
3月の選抜高校野球で鹿児島工業の同行取材が決まっている小生、さっそく練習の見学に。
春近しと感じさせる晴天のもと練習に励む部員たち。
おっと! ドルフィンポートの隣にあるテレビ局の取材クルーが来ているぞ!
うちもカメラ連れてくればよかった! と思いましたがそれはおいといて…。
ノックを見ていると、ふと目のあたりに違和感が…。
なんとなくあのいや~なかゆみを感じたのでした。
というわけで、小生の「2008年の花粉初体験」は2月28日といたします。
2月から再びアナウンサーとして画面に登場しております、私が 古井 千佳夫(ふるい・ちかお。吉井=よしいではありません!)です。
3年間現場を離れている間に、テレビはアナログからデジタルへと大変貌をとげました。そして、ホームページでの情報発信も、前とは比べ物にならないくらい大規模になりました。
わがKTSでもアナウンサー・タレント各人がブログを展開するという、これがまぁ結構気合の要る作業ではあるのですが、今回は初回ということで、画面を離れていた頃のことを含めて、ちょっと長目にお話したいと思います。お付き合いよろしくお願いします!
私がいったん画面から離れたのは2005年3月。
職場が東京支社営業部に変わったためです。
KTSをはじめ地方のTV局は、東京支社という名の営業拠点を置いていて、電通など広告会社との折衝を行っています。
東京時代は本業の傍ら、フジテレビ系列各局有志によるチャリティコンサートに出していただいたこともありました。
(2006年2月、お台場で。アルトサックスが私)
このバンドはボーカルがさくらんぼテレビ(山形)、ギター&ベースが北海道文化放送、テナーサックスが仙台放送、トロンボーン&アルトサックスがKTS、各東京支社の社員、そしてドラムが広告会社の営業マンという、今考えればものすごいユニットでした。
今でも東京に残っているのはドラムを除けば北海道のベースの方だけで、「一期一会」という言葉を痛感させられます。
この職場でスポンサーとのCM料金交渉などの仕事を2年して、去年、本社の企画事業部に移りました。
企画事業部では「幼児サッカーフェスティバル」とか「産隆大学応援団」、「NECカップ囲碁トーナメント」といったイベントの運営に携わりました。
そして今回、3年ぶりに画面に帰ってきたわけです。
よく「長いような短いような」という表現をしますが、いま振り返ると、あっという間だったかな?
現場復帰3日後の2月15日(金)にはピンチヒッターで「KTSスーパーニュース」を担当しました。
それと、ナレーションもバンバンやってます。
ならし運転の余裕もなく、いきなりトップギア状態です。
ちなみに2月25日(月)19:00~放送の「ナマ・イキVOICEスペシャル」、久々にナレーションしております。
今のところ、まだ内勤が多いんですが、これから現場に出る機会も増えてくると思います。
このブログで、放送で伝えきれなかったエピソードを、喋るように書き留めたい、というのが目標ですが、さてどうなるでしょう?
気がつけばアナウンス部内でも、社歴は上から2番目です。
はっきり言ってオッサンです。バテない程度にガンバリマス!

