年明け早々、春高バレーで鹿児島商業の準決勝進出という吉報がありました。
大会における鹿商の準決勝進出は、1967年以来です。
でもちょっと詳しい方なら「初の準決勝では?」と思われるかもしれませんね。
はい、確かに以前の「春高」が続いていれば、鹿商は初の準決勝進出でした。
でもいまの「春高」は、3月に代々木第一体育館で開かれていた大会とは別なんですよ。
代々木時代の正式名称は「全国高校バレー選抜優勝大会」と言いまして、
1970年に第1回があり、2010年まで41回の歴史を重ねました。
が、2011年からの「春高」は「全日本バレーボール高校選手権」で、
2011年は「第63回」、今回は「第64回」でした。
というのも、現在の「春高」は、1948年に「9人制バレー」の大会として始まった
「選手権」の流れをくんでいるからです。
「選手権」は1963年の第16回から「6人制」になり、
現在放送で使用している各種記録は、この大会からの通算になります。
鹿児島商業は1967年の「第20回選手権」で準決勝に進んでおり、
今回、それ以来の準決勝進出だったわけです。
では、いままで「選手権」はいつ開かれていたのでしょう?
答え=8月。
バレーボールの場合、「全国高校総体(インターハイ)」が
「選手権」を兼ねていました。
春高バレーのリニューアル(3年生まで出られる1月の全国大会)にあたり、
「選抜優勝大会」を廃止してインターハイから「選手権」を分離し、
1月に開催するという形がとられました。
ただし「春の高校バレー」という愛称は引き続き使われることになりました。
つまり、2010年3月までの「春高」と現在の「春高」は
愛称こそ同じですが、「まったく別の大会」なのです。
おっといけない! 説明が長すぎました。
大会変更の経緯はともかく、鹿商は伝統の高速コンビに高さが加わって
全国4強入りを果たすに至りました。
何よりもレシーブでよく粘りましたし、飯沼選手の果敢なトスワークがあったからこそ
両センターやサイドアタッカーの攻撃が生きたのです。
しかし鹿商ものんびりしてはいられません。
全国大会で上位に進んだチームの宿命ですが、すぐに1、2年生のチームを編成し
新人戦に臨まなければならないからです。
バレーの新人戦は1月21日に始まります。鹿商は第1シード。追われる立場です。
鹿商には「てっぺんを取れなかった」(全国制覇を逃した)という大きな宿題があります。
1年後の春高で「てっぺん」を極める戦いが、もう始まるのです。
2013年の第65回大会でなんとしても「てっぺん」に立ってもらいたいですね!
まいど! ちかピーです
タグ :春高バレー
自宅が鹿児島市内の高台にあるので
朝は桜島方面からの朝日が見やすいのですが・・・
ある日の朝、雲の切れ目から
天然のスポットライト? が見えました!

(写真はわかりやすくするため、若干明るさを調整しています)
雲の切れ目から伸びる幾筋もの光の帯が
錦江湾を照らしています。
このような風景を私はひそかに「天孫降臨」と呼んでいます。
続いては12月10日、皆既月食の日のこと。
鹿児島市内は残念ながら
雲の切れ間から時折見える、という状況でしたが
これからお話するのは、月食が始まる少し前、午後9時過ぎの出来事です。
車で家を出たのですが、なんとその時間にもかかわらず
うっすらと桜島の姿が!
要するに、月明かりに照らされて、こんな時刻に
桜島の稜線が、かなりはっきり見えたのです。
お月様のスポットライトもなかなか粋なことをするものです。
たださすがに、これはカメラに収めることはできなかったので
その光景はみなさんのイマジネーションで再現してください。


